看護師父さんの仕事と生活の記録

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zoom RSS 遊ぶヴィゴツキー ロイス ホルツマン (著) 茂呂 雄二 (翻訳) その1

<<   作成日時 : 2016/02/10 23:45   >>

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以前受けた研修の中で紹介されていた本の感想、その1。

研修が面白かったので読んだ。

タイトルからしてわかりにくいですが、
内容もやや難しい。

人と組織の成長について書かれている本、
だと思う。



本書から、
面白いなと思ったところを、抜粋しながらみていく。

私たちはみな、子どものように遊び、どうやればよいか知らないことを行ない、自分で存り、かつ同時に自分ではない人物に成る、そういう能力を持っている。これこそが革命的な遊びなのである。パフォーマンスなのである。人間の発達なのである。これが私たちの、ヴィゴツキーに命を吹き込まれた、生成の心理学のエッセンスなのである。pB

確かに子供の成長を見ていると、
一年くらいたつとまるで別人のようになっているから、
成長=自分はない人物に成る、ということがなんとなくわかるような気がするけど、
実は子どもだけではなく大人もそうなのだよ、
ということかな。

でもまあ、
ある程度の年齢になると、一年程度ではそんなに変わらなくなる。

白髪が少し増えるくらい。

大人になると、一年がたつのがあっという間に感じられたりするのは、
特に変化せずに、同じような毎日を送っているせいかもしれないなとも思う。

変化がないということは、
成長もないということだろう。



私たちは、心理学の支配する世界に生活している。それは、教室で、裁判所で、クリニックで、オフィスで、組織で、広告やメディア産業で、軍隊で、そして家庭で、権威と化している。もはや心理学の危機などあるとは思えない。実際、心理学はうまくやっている。しかしそれにもかかわらず、世界はますます混沌とするばかりなのである。そのことこそが、危機なのだ。p10

心理学というのは、よくわからない学問だと思う。

ほんとに科学なんだかとも思う。

意識の世界の深層には無意識の世界があるとか言われても、
見ることも触れることもできないので、
なんとなくあるんだろうなというような気がするだけ。

そもそも「意識」とは何なのかもよくわからない。

心理学で言われていることは、
神様はいるのかいないのか?
というような話と同じような感じもする。

神様がいるということにしておかないと説明できないことがたくさんあるでしょ、
という感じで、信じ込まされているような気もする。

ここでは、
そういう心理学の影響力がとても強まっている世界は危険ですよ、
ということを言っているのだと思う。

たぶん。



西洋の科学的世界観は、問題だらけである。それは文字どおりに問題なのであって、問題が生活の「あり方」そのものになっている。人びとは、自分自身と他者を問題によって見、理解し、問題という言葉で語るように社会化される。そして問題には、常にそうなるとは限らないが、解決を伴う。日常言語で質問が可能な答えを含意するように、問題は可能な解決を含意する。問題を特定して答えを導くことは、卓越した科学、良い教育、優れた政府、優秀な外交、そして充足した生活の品質保証となる。問題を発見すべしと教えられ、解決を求めるべしと教えられる。このような見方と考え方は、車を修理したり、家を建てる場合にはよいかもしれないが、子どもを育てたり、平和に暮らしたり、貧困をなくすなどの、人間の発達に関連する場合、有効かどうかは疑わしい。いまだに、この問題解決パラダイムは支配的であり、世界を創造し続ける人間の可能性を過剰に方向づけ、大きく制限している。このパラダイムが問題なのである。p15

なにごとにも、問題だらけであるかのように、考えるように、なってしまったのだな。

いつからか。

自分の子どもにも、自分の家庭、親、職場とか、世の中、自分自身にも、
問題だらけのように感じてしまって、
そのまま、あるがままを、
受け入れられないようになっている。

あるがままを受け入れすぎていたら、
それも問題だといわれるだろうけど。

そして一時、問題を解決したような気がすれば、
すぐにまた新しい問題が発生するようにみえて、
そんなことがいつまで続くのかと、
絶望したくなったりもする。

世界が絡んだ糸のようだったとして、
そうするときっと、
一か所の絡みを解きほぐせば別のところがもっと絡むのだな。

絡みを解決するために糸を断ち切れば、
世界はバラバラになって存在できない。

そういう問題?

ならば糸を、
より美しく絡ませたら?

しかし、
美しいとはどういうことだろうか?


絶望しないためには、
少しでも解答に近づいたような気がしていい気になっていられれば、いいのかもしれないし、
必死に問題を解き続けることで、
世界の崩壊をほんのわずかに食い止めているだけだったとしても、
それに意味があると思えればいいのかもしれない。

それは、
どうせ死ぬのになぜ生きるのか?
と、聞かれた場合の答えに近いかな。

なので私には、
平和や貧困の問題は、やはり問題としか思えないのだな、
今のところ。


ただ、子どもを育てることに関しては、
問題に取り組んでいるという感覚は、間違っているかなと思う。

子どもを育てるということを問題ととらえることは、
問題を乗り越えた子ども、もしくは乗り越えようとする子どもを評価するという方法で、
子どもを親の思うように方向づけようとすることだと思うし、
それが全面的に悪いこともないと思うけど、
その中で子供が感じ取るのは、
親が自分のことを「問題」として見ている、
ということだろう。



発達は、自分でない人物をパフォーマンスすることで、自分が何者であるかを創造する活動となる。これはソロではなくアンサンブルのパフォーマンスである。p27

簡単に言えば、
誰かのマネをすることで、自分が成長していく、
ということかなと。

看護師としての私が言うならば、
看護師としての自分の人格は、
他の看護師の看護師らしさを見習いながら、患者さんや周りの同僚などと影響を与え合うことによって発達してきた、
ということかなと。

たしかにまあ、
そういうことかなと思う。

そしてこれは、
子どもが成長するときも起きることで、
大人が成長するときもそのようにして成長するのだということ。

なので大人として成長するためには、
自分より優れていると思う人に囲まれて、
それらの人のマネをしながら過ごすのが良いのかなと思う。

自分より優れていると思う人を見習うときは、
目の前に現存する人なら分かりやすくてより良いと思うけど、
本をよんだりして情報として知っている人などでも、
その人をパフォーマンスするということはできると思うので、
可能だろう。



もう少しだらだらと書きたいので、
続きます。



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