看護師父さんの仕事と生活の記録

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zoom RSS さくまふるさとカルタ「か行」

<<   作成日時 : 2014/05/06 22:55   >>

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開拓へ 一身ささげた 若宮様
南野田に、一人の男がやってきた。
雑木林の続く台地で、ひっそりと焼畑農業による自給自足の生活をして、開拓に一生をささげた。
男の死後、若宮神社としてまつられた。
※さくま昔ばなしp35 南野田を開いた男




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気味悪く 糸が巻きつく たっくい渕
たっくい渕というのは、厚血川のとある渕で、羽ヶ庄と下平の境にあたるところにある。
昔、一匹のクモが、立杭を糸にからめて引っ張りこみ、深い渕へと沈めてしまった。
※さくま昔ばなしP29 たっくい渕




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苦学して 筏のりから 身をたてる
堂森実蔵は家が貧しく、上級学校へ進学はできなかった。父が筏のりをしていたので、その手伝いをしながら通信教育を受け、中学(現在の高校)、さらに大学卒業の資格をとり、県下、各地の町村長として活躍した。
※郷土の発展に尽くした人々p60 堂森実蔵




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見龍の カッパの目薬 白梅散
カッパはいたずら者である。見龍医師の馬が渕へやってきたので馬のしっぽをとらえ、水中へ引きずりこもうとした。しかし、この馬はカッパにおとらぬ力持ち、逆にカッパを引き出して、家へ帰ってきた・・・さて、
※さくま昔ばなしP1 カッパのくれた目薬




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小休戸 家康公の ひげをそる
今でも城西の安達家を小休戸(こやすんど)と呼んでいる。徳川家康が敵兵に追われて安達家に立ち寄り、老婆にひげをそってもらった。
それ以後、小休戸と呼ばれるようになった。
※さくま昔ばなしP153 徳川家康と安達家




佐久間地域には、
堂森、安達の姓がありますね。

堂森さんや安達さんは、
このカルタに出てきた人物の子孫なのかもしれないなと思うと、
ちょっと見る目が変わってきます。



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