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zoom RSS 終末期患者からの3つのメッセージ 大津秀一  感想その2

<<   作成日時 : 2017/08/23 21:21   >>

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勉強のために読んだ。

感想のその2


古の歴史家たちは、次のように言っている。
人間というものは、恵まれていなければ悩み、恵まれていればいたで退屈する。そしてこの性向からは、同じ結果が生ずるのだ、と。
まったく、存亡のかかった戦いをする必要がない場合でも、人間は野心のために戦う。
(中略)
その理由は、自然は人間を、どんなことでも望めるが、その実現となるとなかなか難しいように創ったからであろう。
ために、人は、自らの実現能力をはるかに上まわることを望むものだから、常に不満が絶えないのである。そして、ある者はより多く獲得しようとし、ある者はもっているものを手放すまいとして、争いが起こるのだ。
マキアベェッリ(塩野七生)『マキアベェッリ語録』p36


自らの実現能力をはるかに上まわることを望むものだから、常に不満が絶えない
のだとして、
では、
何も望まなければよい、
ということにはならないと思う。

自らの実現能力を少し上まわることを望んで、
努力してそれを成し遂げるようにしするのが良いのだろう。

自分の力を少し上回ることを実現しようと努力していれば、
不満を言っている暇はないだろうし、
それほど多くの人と争わないでもすむだろう。

そのためには、
自分の力を少し上回るところをうまく見極めることが、
大切になってくるな。



理解してもらいたいという気持ちは、作品を作り上げる大きな力となる。もし満たされていて、自ら、あるいは自らの主張が周囲に十二分に理解されているという充足があれば、何かを作り上げる原動力や推進力は乏しいかもしれないのである。理解してもらいたいという渇望こそが、ものを創り上げる大きな契機になるのではないか。p41

何かを作り上げようとするときや、
何かを実現しようとしているときというのは、
誰かに自分のことを理解してもらうことが目的となっていることがあるのだな。

なので、
ものわかりのいい親が、子供を十分によく理解しているとしたら、
子供はむしろおとなしくてあまり主張しない感じになるのかもしれない。

まあ、
たいていの親(私も)にはそんなことは無理だから、
子供はたいてい、自分らしさを周囲に示すために頑張るようになるのだろう。

中にはそのために、
不良的な行動をする人も出てくるのだろうし、
そういう人も、うまく方向づけることができたら、
素晴らしい才能を発揮するという結果になったりするわけだ。



生きていくのに必要な欲や希望。ただこれらの気持ちを少なくすることができれば、こころが楽になることは事実なのだ。
欲が活用され、最大化されている現代、そのコントロールは難しくなってきている。けれども、「なるようになる」と、「そんなこともあるさ」と、かつての人が自然と共存していた頃に思えていた気持ちを取り戻すことができれば、病める人ばかりではなく、体は健康だけれども疲れている人々の苦悩も癒されるのではないかと思うのだ。
逝く人が教えてくれる、もっとも大切なことのひとつは、必要以上に欲しがらないことだろう。p49


「なるようになる」と、「そんなこともあるさ」と、かつての人が自然と共存していた頃に思えていた気持ちを取り戻す、
というのは、
現在ではあまり推奨されない考え方になっていると思う。

「自己責任」の考え方が主流なのだ。

「なるようになる」とか、「そんなこともあるさ」とか言っていると、
そんな無責任なことでいいのかと、
怒られてしまいそう。

しかしほんとうは、
誰でも、次の瞬間に死んでしまうかもしれないのだから、
自分がかかわることに完璧に責任をとれ!
というのは、
厳しすぎることなのだと思う。

できることは、
できるかぎり責任を取ろうと努力することくらい。



他人を完全に理解することなどできない。親であろうと、子どもであろうと、長年連れ添った配偶者や、仲の良い恋人でさえ。けれども異なっていると、理解できず、また理解してもらえない。それが怒りにつながる。そして決定的な出来事や長い時間が経つことによって、怒りは憎しみや怨みに化けてゆく。p60

関係が近ければ近いほど、些細な違いが許せないということがある。また親密な関係では、些細な違い、けれどもそれが決定的なものだったがゆえに、その人間のすべてがマイナスに転じてしまうことさえある。人が隣人を愛するというのは、とても難しいことなのだ。p60

理解できないう前提からはじめれば、
わずかでも理解されたと感じられたときに、
喜びとか感謝とかがわいてくるのだろうと思う。

逆に、
理解できて当たり前ということろからはじめれば、
不満ばかりになる。

親しい関係になるほど、
理解されて当たり前という慢心が生まれやすくて、
理解してもらえること、
理解しようと努力してもらえることに対して、
喜びも感謝も感じにくくなる。

夫婦関係とかが不幸な結果に結びつく場合というのは、
たいていそういうことが原因になっているんじゃないかなと思う。



つづく。

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