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zoom RSS 「いい人生だった」と言える10の習慣 大津秀一

<<   作成日時 : 2017/08/18 22:18   >>

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40歳になってから読んだ。

10の習慣とは、
1、「今日が最後かもしれない」と思って暮らす
2、生きる意味を無理に探さない
3、負の感情に振り回されない
4、身近な人こそ大切にする
5、自分の幸せと大切な人の幸せをすり合わせる
6、「長く」より「良く」生きることに注目する
7、健康や若さに必要以上にとらわれない
8、環境に流されず、本当にやりたいことをやる
9、どんな境遇でも自分を支えてくれる夢を見つける
10、「ありがとう」と伝える




本書より、
参考になったと思うところ。

テレビドラマ『水戸黄門』などで活躍された、俳優の入川保則さんの言葉
「もともと苦しいものを、楽しいものに変えていく過程こそが人生なんだ」P58


もともと苦しい、
かどうかはわからないと思う。

もともとそれほどの意味を持たないものを楽しいものにする過程、
なのかなと思う。



幸せかどうかは、本人がどう思うか、ということです。結局、どう心が感じるか、ということなのでしょう。P63

これはそのとうりなんでしょうけど、
なかなかそうは思えない部分もあって、
人と比べてしまったり、
他人の考え方に影響されてしまったりすることがよくあって、
そのたびに、
幸せかどうかは自分の感じ方で決まる、
と、思い直すことが必要になってくるなと思います。



誰でも、ときには負の感情を抱くことがあります。その処理が上手にできるようになればいいのです。P68

負の気持ちと上手に付き合うことが、よりよい人生のためには必要です。それは無理に抑えることでも、暴発させることでもなく、少しずつ出しながら、上手に自分の中で消化することでしょう。P71

悲しみを経験することで、喜びもまた深く大きなものになるでしょう。失敗の悔いがなければ、成功のありがたさを真に知ることがないかもしれません。私たちは負の感情を持つがゆえに、明日をよりよく生きようとする気持ちが生まれます。また究極的には、どんな環境でも「幸せだ」と感じられる心があれば、明日の苦難など怖くはないのです。P72

苦しいことや悲しいことがあるから嬉しいことがある、
ということなのでしょう。

そういう考え方が逆転してしまうことがあって、
嬉しいことが起こった時に、また苦しいことや悲しいことがやってくるんだな、
と思って、
ちょっと気持ちが曇ったりすることがある。

日曜日が始まると、
翌日の月曜日のことが思い起こされて、
ちょっと寂しくなる感じ。

日曜日を思い切り楽しもう、
と、考えられればいいのに。

しかしそういう感情があるおかけで、
ほんとにつらいときに、今を乗り越えればまた良いことがある、
と考えられて、
頑張れるかのかもな。



私たちは、身近なものほどなかなか大切にできません。
いっしょにいることに慣れてしまった人たちの言葉には、つい「わかっている」「言われなくてもわかっているよ」と、軽く反応してしまうかもしれません。ただ、それが最後の言葉になるかもしれないのです。そればなりではなくて、じつは大切なサインを見逃し続けてしまうこともあるかもしれません。P86


当たり前になると、
ありがたさがわからなくなるのですね。

そういうものがなくなったときに、
ありがたみが身にしみてわかる。

ときどき、
そういうものがなくなった時のことを想像してみて、
ありたみを再認識する必要があるのかなと思います。



日本において告知について180度変化したのは、1990〜1995年頃だとされています。それより前は原則的に本人へのがんの告知は行われていませんでした。それ以降は、行うような方針に変わっていきました。それでも現在でも、「まず私たちに伝えてほしい」「本人には言わないでほしい」というご家族が少なからず存在します。ただ、私はすべてを隠すのはご家族にとっても茨の道だと考えます。隠し通すのは、本当に難しいのです。P150

本当のことを話したほうが、
相手との関係性は深まるということは間違いないでしょう。

逆に言えば、
本当のことを伝えずに、あるいは知らずに接するということは、
相手との関係性をこれ以上深めない、
ということを選択することになるのかなと思います。

どちらが良いことなのかは、
わかりませんが。


「ありがとう」を伝えることで、身近な関係や環境が変わることは、終末期の現場だけではありません。P197

送る側の人が最後に伝えるありがとうは、大切な人へのこれまでの感謝と、逝く人の思いを胸にしかりと生きていくという気持ちの表現。P198

死とは、本当は自らの人生を振り返り、感謝をし、次の世代に、あるいは大切な人たちへ、自らの思いをつないでゆく場であり、不幸なことではないのです。P200

死が、
「自らの人生を振り返り、感謝をし、次の世代に、あるいは大切な人たちへ、自らの思いをつないでゆく場」
となるとしたら、
確かに理想的かなと思います。

そうはならないこともあるとは思いますが。

いや、
多かれ少なかれ、
そうなっている面があるのかもしれません。

気づいていなところでも、
そういうことが起きていたり。

そう考えると、
少し癒される部分があるような気がします。



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