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zoom RSS ユマニチュードの勉強 第一章ユマニチュードとはなにか その2

<<   作成日時 : 2014/07/09 20:36   >>

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この本の第一章、
「ユマニチュードとはなにか」より


ケアの目的

ケアを行うときには、その目的が次の3つのどれにあたるかをまず考えます。
@健康の回復を目指す(たとえば肺炎を治す)。
A現在ある機能を保つ(たとえば脳梗塞後の麻痺が進行しないようにする)。
B回復を目指すことも、現在ある昨日の維持をすることも叶わないとき、できるかぎり穏やかで幸福な状態で最後を迎えられるように、死の瞬間までその人に寄り添う(たとえば、末期のがんの緩和ケアを行う)。
p17



ケアの評価について

ケアをする人にとっていちばん大切なことは、「相手のレベルに応じたケアを行っているか」を自らに問うことです。ケアを受ける人がどれだけの能力をもっているのか、どれだけの能力が残っているのかについて常に評価を行う必要があるのですが、その評価ができるのは、本人のそばで観察を続けている看護師や介護士だけです。多くの場合、医師にはそれができません。p19


ケアに対する考え方

その人に適したケアのレベルを考えるときに最も大切なのは、どんな場合でも、本人に害を与える可能性があることは決して行わない、ということです。
たとえば、本当は歩くことができる人を車椅子で食堂や検査室に連れて行くことは、本人の本来の「歩く力」を奪うことになります。それは結果として、本人に害を与えることになっています。p21


立つことができるのに、寝たままベッド上で清拭を行う。これは「回復を目指すケア」ではありません。p21


患者さんの状態をよく観察することがまず大切なのだな。

よく観察した上で、最適なケアを選択して実施する。

そしてその最適なケアは、
患者さんが寝てから起きるまで、さらには寝ている間も含めて、
どんな場面にも適応される。

ケアを行っているつもりで、
知らないうちに、あるいはある程度知っていながら、
患者さんに害を与えていることはかなりあると思う。

まあ、
忙しい時にはそんなことも言っていられないかも、
とも思うけど、
できるだけよいケアに近づけられるように、知恵を絞ることは、
忙しくてもできる。




第一章では、
他にもユマニチュードの基本的な考えかたが書かれています。

その部分をいくつか抜粋。


睡眠をさまたげない

夜間の安否確認のための訪問や、失禁していないかと確認するためのおむつ交換がどれほど悪い影響をもたらしているか想像できるでしょう。ユマニチュードを採用した施設では、睡眠を妨げる行為は、それがたとえケアという目的であってもできるかぎり排除しています。p27


抑制はしない

「生きているものは動く」「動くことが生きていることだ」を当たり前に受け止めるケアの文化を育て、ケアの方法を変えていくことが必要です。p30


わきを持ち上げない

わきを持ち上げるという介助の方法は、肩周囲の筋肉や靭帯が衰えている高齢者にとって、肩関節の脱臼につながる危険性があります。


この部分では特に、
夜間のおむつ交換や体位変換が、
どれだけ睡眠を妨げているかと考えさせられる。

寝ているあいだにどうしても必要なケアもあるけど、
それもできるだけ睡眠を邪魔しないように、やらなくてはいけない。


ユマニチュードを支えるもうひとつの根源的な問い―「人間とは何か」について

ユマニチュードは精神論ではありません。ユマニチュードは、自分も他者も「人間という種に属する存在である」という特性を互いに認識し合うための、一連のケアの哲学と技法です。
ケアを行うのは病気や障害があるからですが、ケアの中心にあるのは病気や障害ではなく、ケアを必要とする人でもありません。その中心に位置するのはケアを受ける人とケアをする人との「絆」です。この絆によって、両者のあいだに前向きな感情と言葉を取り戻すことができるのです。p34


まわりの人からまなざしを受けること、言葉をかけられること、触れられることが希薄になると、周囲との人間的存在に関する絆が弱まり、”人間として扱われているという感覚”を失ってしまうおそれがあります。
さらに立つことができなくなり、寝たきりになってしまうと、人はその尊厳を保つことが難しくなってきます。つまり人が人として生きていくことが困難になり、つらい生き方を強いられることになります。ですから、その人の周囲にいる人々はその状況を理解し、希薄になっていく絆を積極的に結び直していく必要があります。p36


ここがユマニチュードの考え方のポイントだなと思う。

とくに、

中心に位置するのはケアを受ける人とケアをする人との「絆」

という部分。

「絆」という言葉については、
もとの英文はわかりませんが、
「関係性」みたいなことかなと。

看護師としては、
自分たちの業務を優先に考えることの反省があるけど、
それだけでも足りない。

しかし、
患者さんを中心に考えることでもなくいと。

その間。

そして、
ケアをする人とされる人という関係よりも先に、
人と人という関係があるということ。

看護師と患者という関係だと、
一方的というか、する人としてもらう人、みたいな感じがしますが、
人と人の関係だと考えると、
看護師が患者さんに与える影響も、患者さんが看護師に与える影響も、
どちらに重点が置かれるわけでもない。

お互いの存在が、
お互いを成立させている。

患者さんがいるから看護師がいて、
看護師がいるから患者さんがいる。

看護師が患者さんに与えているものは、ケアだけではないし、
看護師が患者さんからもらっているものも、診療報酬だけではない。

お互いの存在は、
もっともっと尊い。


看護学校では、
看護理論というのをいくつか勉強しますが、
ユマニチュードのこの考え方の部分を読んで、
オレムの「セルフケア理論」ではなくて、
トラベルビーの「人間対人間の看護」に近いのかなと思いました。

看護理論について

http://75.xmbs.jp/08052036491-9036-n3.php?no=79230&view=1&page=4


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