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zoom RSS ユマニチュードの勉強 第一章ユマニチュードとはなにか

<<   作成日時 : 2014/07/07 22:07   >>

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この本の第一章より。

何らかの病気や障害を抱えたり、認知機能が低下したため、他者に頼らざるをえない状態になっているにもかかわらず、ケアや処置を行うことが困難なときがあります。そして、ケアが困難なそのような人たちは、「困った人」「手のかかる人」と捉えられがちです。
しかし、一見攻撃的に見える行為は、実は本人が自分を守ろうとして戦っている「防御」である可能性があります。ケアを行う人は、自分の職務を全うするために、どんなに拒絶されてもケアをやり遂げようと全力を尽くします。これではその人のために行っているにもかかわらず、その人にとっては「襲われている」と感じるケアになってしまっています。p15


ケアと受ける人とケアをする人の双方が「よかった」と感じられるような、満足のいく時間を過ごすことで初めて、ケアを通じた幸せな関係が成り立ちます。p16


どこの医療現場でもそうかもしれませんが、
今日は患者さんにこれだけのことをします、ということがあらかじめ決まっていると、
それを行わないということや、別のことを行うことが、
難しかったりすることがあります。

患者さん本人の希望よりも、
決められた日課の方が優先されることがある。

特別養護老人ホームなどでは、
一週間の入浴回数が法律で決まっていたりするので、施設の運営上その基準をクリアする必要があり、
お風呂に入ってくれないと、ほんとに困ります。

そんな場合などは、目的が、
何としてでもお風呂に入ってもらうこと、
になってしまったりする。


ああ、あと、
同僚の目が怖いということもあるかもしれない。

恐い先輩に、
「なんでお風呂に入れなかったの!」
と、言われないように必死だったり。

怖い先輩に怒られないまでも、
その現場で一人前と認められるためには、
どんなに手ごわい人でもお風呂に入れられる、ということが暗に求められていたり。

そこには、
ケアをする人とケアをされる人という関係はありません。



それから、
どんなに拒絶されてもケアをやり遂げようと全力を尽くします
という熱心さにより、
ケアをする側の人は、
今日も予定されていた全てのケアが終了して「よかった」と、
感じることができて、
これは、レベルはあまり高くないですが、
達成感はある程度あるのです。

この達成感を、
ケアをされた人はどうだったか?
というレベルに引き上げるのは、
簡単なようで実は難しいのかもしれません。

なぜなら、
仕事をやり遂げた達成感は、仕事さえこなせば毎日味わえますが、
ケアされた人がどうだったかという点を考慮した達成感は、
相手の様子によっては感じられないこともあるからです。

そして、
「襲われている」と感じるケアが存在する現状では、
そのような場合がかなりあると思うのです。

私自身、一日の仕事を振り返ってみて、
患者さんに申し訳なかったなと思うようなことがない日は、
ほとんどありません。

なので、
今日もやるべき仕事が終えられてよかったと、レベルの低い達成感で、
なんとか満足しようとしているのかなと。



本書の学習、
読んでいるうちに反省ばかり出てきて、
なかなか先に進めません。


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