看護師父さんの仕事と生活の記録

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zoom RSS その先の看護を変える気づき: 学びつづけるナースたち  感想4

<<   作成日時 : 2013/09/23 22:46   >>

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この本の感想。

最期です。


参考になったと思う部分を参照しながら見ていきます。


私は、「体から取り出すんだ」という表現をするんです。体の中に埋め込まれているので、自分でもわからない。だから、他者が見て「こういうところがあるよね」と言ってくれて、その代わりに自分も人に「こんなところがあるよね」と教えてあげる。これが回っていくと、チームとして、お互いが見えるというか、気づきあうようになるんですけど、それが切れちゃうようなチームもありますね。だから、自分の実践を見てもらうのは、やはり他者が必要かなと思います。p255

お互いに気づいたことを、共有できるチーム。

チームというものの、
一つの目標何だろうなと思います。

自分でうすうす気づいているようなことは、
誰かにいわれると腹が立ったりすることもあり、
誰かの気づきを受け入れるのは、
自分のプライドが邪魔してなかなか難しかったりします。

大切なのは、
謙虚になる事なんだろうなと思いますが、
いきなり謙虚になれるわけでもなく、
日々の経験を大切にしながら成長していくと、
どこかでそうなれるのかもなと思ったりします。



師長さんたちは、こんなに深く患者さんを見ているし、上手に関係をつくっているし、この力を若い人に見せてほしい、若い人たちのやっていることに「よかったね」と言ってあげられる。そっちの仕事を、師長さんたちにやってもらったほうが、絶対に今の臨床の場面は変わるということを、私は言いたいんです。p258

師長さんに期待されること。

文章で読むと、
それほど難しくないようなきもしますが、
実際に行うのはそう簡単ではないのかもしれません。

別に師長さんでなくても、
後輩などに対しては、
こういう態度で接すればいいのだろうと思います。



短い時間の中でも、すごい深さで残っていく。それは、やっぱりこの医療という現場じゃないとないことかなとは思いますね。p261

生と死に直結する現場なので、
そうなるのは必然なんだろうなと思います。

個人的には、
できるだけ平穏な日常が続いて欲しい、
と思いながら働いていますけど。

ただその平穏な日常の中にも、
なんかすごく深く感じられてしまうことがあったりして、
そのような深さも嫌いではありません。

先日も、満月の日に、
病室の窓から満月が見えたのですけど、
一人の患者さんが、

「綺麗なお月様が見えれ、うれしい。」

と。

私は、
いい言葉を聞いたなと思い、
その日の夜勤は少し気持ちが楽でした。

看護師の職場は、
そういうちょっとしたことにも、
感動できたりする職場だなと思います。



日本の医療現場では、まず、家族の同意を得たうえで脳死判定をする。家族の同意が得られなけらば脳死判定をしない。そして心臓死を待つとかね。それからまた、脳死判定も、家族が納得するまで待って、医師は判定をしたかったけれども一日遅らせたとか、流動的なんです。
ということは、死亡診断の時間というのが家族の意向によって動くわけですね。これが、欧米の研究者から総攻撃を受けたというんです。死というのは科学的なものであって、本人以外、あるいは医学的診断以外に入る余地はあり得ないって。ところが日本は違う。医療スタッフが家族のことを思ったり、法律でもそういう決まりがあったりと、すごく曖昧になっているんです。p264


家族が到着するまで死亡診断を行うのを待っていたり、
現場ではそういうこともありますから、
そういう場面に接すると、たしかに不思議な感じもしますが、
日本的な優しさかなとも思います。



患者の物語と、医療者の物語とが出会う交差点が医療の現場であり、そこで生み出される作品が医療行為、診療行為であるというわけです。p268

この言葉は、
かっこいいなと思った。

ちょっとかっこよすぎるかな。



ドラマチックな物語というのは、非日常的なところで生まれるんですよね。病院での非日常的な条件が加わった時に、最も人間の赤裸々な姿が見えてきて、そこで人間への興味、関心をもつと、医療現場ほど面白いものはない。その面白さに気づいたら、辞められないと思いますよ。p269

こういう楽しみを素直に認めてしまってもいいのかな、
と、思わないでもないです。

ちょっと品がないことのような気もします。

しかし、
特定の個人への興味ではなく、
人間そのものへの興味というところまで昇華てきていれば、
良いのかもしれません。

人は、
こんなにももろく、
こんなにも強く、
こんなにも恐ろしく、
こんなにも優しく。

看護師は、
人間について、人生について、
考えさせられる職業だとは思います。



患者さんというのは、とにかく腹を割っていろんなことを喋れるようになると、実に豊富な人生をもっていることが見えてきます。二十歳や三十歳の医療者の経験では、とてもわからないようなものをいっぱいもっているのが患者で、人生の教師だと思うくらいの気持ちで患者を見ていると、楽しくて仕方がないはずですよ。p273

まだここまでの境地には到達していませんが、
患者さんにいろいろ教えてもらったなとは思います。

我以外皆教師という気持ちになれれば、
患者さんの見え方も、違ってくるのかもしれません。

ナースコールが鳴った時も、

「あ、先生がお呼びだ!」

と、
思えれば、
少なくとも仕事の負担感は減るかな。

そうは言っても私などは、

「今日は先生の呼び出しがやけに多いな・・・」

っていう感じに、
すぐになってしまいそうですが。




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