看護師父さんの仕事と生活の記録

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zoom RSS 美しく怒れ 岡本太郎

<<   作成日時 : 2012/05/04 06:29   >>

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美しく怒れ (角川oneテーマ21)
角川書店(角川グループパブリッシング)
2011-09-10
岡本 太郎


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岡本太郎氏の著作は好きだ。

読むと元気が出る。




本書より、
特に面白かった言葉。

「本職?そんなのありませんよ。バカバカしい。もしどうしても本職って言うんなら、『人間』ですね。」p147

「人間」て、
職業だったんだな。

私も、
職業「人間」、
ということにしたい。

「職業人間」とすると、
ちょっと意味が違うな。



憤り、己をつらぬき、表現することこそ、最も純粋な人間の証である。むしろ、憤りこそ人間行動の最初のモチーフだと思う。p4

法律、常識、風俗、しきたり。人間世界は譲歩しなければならない約束ごとばかりだ。それは誰でもがまもる。しかしそんなもの、永遠の眼から見れば非本質的であり、皮相なアクシデントだ。p25

「青春」は世界とぶつかりあり、障害を乗り越ええながら、傷つき、ふくらみ、強烈な生命力によって身体いっぱいふくらませ、獲得してゆくものなのだ。p82

たんたんとした道をすべってゆくむなしさに流されてしまわないで、傷つき、血のふき出る身体をひきずっていく、いいようのない重たさを、ともども経験し噛みしめることだ。それが人生の極意なのである。p87

自由は大変なことだなと、
思う自分。

しぼんでいる。

もう少しふくらもうかと思うが、
ふくらみかたをほとんど忘れてしまっている。

ふくらんでいいのだ、
といことが思い出されただけでも、
良かったのだろう。

一方で、
傷ついた身体を引きずっているとは思う。

このまま、
引きずって生きて行こうという決意はできた。




親子こそ、かえってズレやすい。肉親だという安心感から、親はわが子に対して不用心になる。家族制度にいやったらしさがあるとすれば、その甘え、互いが人間として真剣にたち向かわないで、枠の方によりかかってしまうことだ。何となくムードで惰性的にやって、それがうまく効果をあらわさないと、とたんにヒステリックに高圧的になったりする。p111

子供に寛大ぶるなんて、ボウトクだ。子供に対してこそ、ポーズを捨てて、正面から取り組むのだ。大人が大人ぶれば、やがて子供も心得て、わざと子供を装う。マセた演技だ。もう切実な相互のぶつかりあいは望めないのだ。p113


親子関係について書かれた部分。

大事なことだと思う。



空は青いにきまっている。しかし、このひどく単純な感動。・・・・・私は思う。大むかしから人間は空を見上げては、その青さを総身にやきつけた。そんな人間の自然への喜び。それを今日、たとえ何歳になっても、感じつづけるべきだ。p22

あらゆる社会システムが官僚化し、生活がこまっちゃくれた枠におしこめられているいまの世の中で、どうやら、一人一人の実力が素直に生き、自由のイリュージョンを回復する手だてになるのは、スポーツぐらいだ。p144

今日はよく晴れた。

青空の下でジョギングでも。



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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
私も岡本太郎さんが好きです。
太郎に訊け!!というシリーズと
今の記念館館長の平野さんが書かれた
岡本太郎の仕事術もいいなぁと思います

と言ってる私は
一年半で新人看護師を辞めた
挫折組です

後悔はしてないです
やれるだけやりました

そんなとき岡本太郎さんに出会い
美術館にも結構近いのでよく行きます

辞めて初めて訪れたとき
絵が、彫刻が、あたたかく感じられ
号泣してしまいました

今はICUで意識なくがんばっておられる
患者さんの下痢に
「うっわー!きったねぇ!!くっせー!!」
と言っていた指導者、
看とりの状態でご家族が集まってるのに
「ワハハハ!!」とナースステーションで盛り上がるナースをなんとも言えない顔で見ておられたご家族、
患者さんとお話ししたこと、笑顔、涙、
そんなことが頭にあります

指導者に何でも素直にきいちゃうから、
逆に怖くて指導できない、と言われました。教えられたことにこだわりすぎだそうです。
自分としてはせっかく教えていただいたので大事にしたかったんですが…

なんだか致命傷な気がしてしまいました

こちらのブログで新人の記事を読みながら仕事にいっていました。
先輩はこんな気持ちや考えなのかなぁと
思ったりしていました

いろいろありました
でもそれを
私には乗り越えられませんでした
こちらのブログを読みながら
自分を見つめ直しています

岡本太郎さんの作品もぜひご覧になってください

なの
2012/05/04 23:59
コメントありがとうございました。
岡本太郎氏の作品は、考えて理解する物ではなく、感じるものなんだと、なんとなく思っていましたが、著作などを読んでみると、そういう見方も一面的なものでしかないのだな、ということを思いました。
考えようとしても、感じようとしても、こちらが何らかの意図を持って接しようとすると、その接しかたは一面的なものになる。岡本太郎氏は、そういう接し方や考え方に「怒る」。
このようなことは、実は岡本太郎氏の作品に限らず、すべての出来事や人と接する時には、どうして起こってしまうものかもしれませんが。

岡本太郎氏なら、
患者さんの下痢に「うっわー!きったねぇ!!くっせー!!」
と感じても「いいじゃないか」と、
言うんじゃないかと思います。
そう感じたんだから、そう感じている自分を押し殺してしまう必要はない、それが自分だと。
ただ、それを誰かに伝わるように表現する(言葉などで発する)かどうかは、別の問題で、
岡本太郎氏なら、汚くて臭いことが、何か問題なのか?仮にそうだとして、それを言葉として表現するなら、それが自分に跳ね返ってきても逃げるなよ、言うだけの覚悟をしろよ。
と、つけくわえるだろうなと思います。

単純に私の予想でしかありませんが、なのさんの指導に当たられた方は、自分が傷つくことを恐れていたのだろうと感じます。
後輩にいろいろ質問されると、自分の無知がさらけ出されます。指導者としては、そこに成長の壁があって、指導に当たりながらその壁が乗り越えられるかどうかが、大切なのだと思います。

生意気なことを書きました。
もり
2012/05/08 06:23

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