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zoom RSS 創るセンス 工作の思考 森博嗣

<<   作成日時 : 2011/08/01 06:52   >>

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創るセンス 工作の思考 (集英社新書 531C)
集英社
森 博嗣

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この本、
最近読んだけど面白かった。

自分自身のあり方と、
子供への接し方について、
学ぶところがあった。

特に参考になったと思うところを、
抜粋しながら書いてみる。




まず、
作ることで学べることについて。

「予期せぬ問題は必ず起こるものだ」という経験則は、実際に物を作ったことがある人ならば身にしみてわかっていることであり、それはもう「工作の第一法則」といっても良いほど普遍性を持っている。それらの問題をその場で解決しつつ、ものをつくり上げていく。この経験を重ねるうちに、問題に対してどう対処すれば良いのかが、だんだん感覚的にわかってくる。もちろん、それは具体的な解決策ではなく、問題に向き合う姿勢のようなものだ。そして、それこそが工作のセンスであり、技術者のレベルを決めるものになる。p45

なんにしても、
まず作ってみるということが大切なのだな。



続いて、
物を創るセンスが、自分の人生を創るセンスにつながっているということと、
物を創る体験が少なくなってしまった現代についての記述。

工作から学ぶことは、いろいろなものに広く活かすことができる。ほかのものを作るときにはもちろん応用できる。社会にだって活かすことができる。そして、それ以前に、自分に活かすことができるのだ。
自分の人生が、つまりは毎日の工作と同じだ、と気づくことになるだろう。だから、工作のセンスは、そのまま「生きるセンス」になる。
このように考えると、現代の若者が見失いがちなものが、だんだん見えてくるのではないだろうか。作らない世代は、生きるセンスを持っていない時代だともいえる。あらゆる「既存の楽しさ」に囲まれて育ってきたゆえに、「与えられら新しさ」に手一杯で、自分の楽しさを、自分の新しさを、作ることができない。それがやりにくい環境が現代社会なのである。
ものを作るということを、もっと広い意味に解釈してみよう。人間関係も作るものだし、自分の人生も作るものである。子供たちには、是非小さいときから、「自分で作る」「自分を作る」ということを覚えてもらいたい。作ることを知れば、楽しさや新しさはどこにでも見つけることができるし、つまりは自然に生き方がわかってくるはずだからである。
p132


特に、
「作らない世代は、生きるセンスを持っていない世代」
という部分。

自分はそのような時代に生きているのだなと思う。

始めから与えられていることにより、
どれだけのものを奪われてしまったのか?

そのことを常に意識していないと、
奪われていることにも、
気づけないのだろう。




それから子供を持つ親として、
参考になる部分。

「これこれこんなふうな子供にするにはどうすれば良いか」ちう質問に対する答えは、「これこれこんなふうに貴方がまずなりなさい」である。子供というのは、育てる人間のように育つ。一部の天才的な子供、あるいは逆に能力が不足している子供には、これは当てはまらないかもしれないが、大部分の子供は、自分が育った環境に存在した大人を手本にする。p138

人間から人間へしか伝達できなものとは、その人間が持っている方向性であり、つまりは「生きてい姿勢」と、その要因となる、あらゆる行為のセンスである。運動でも技術でも、先生がやるところを見て学ぶのだ。容易に実感されるところだろうと思う。そして、この場合も、まず受け手が、なんらかの感動をして、対象への憧れを持たなければならないだろう。「凄いな」という感動が、学ぶスイッチをONにするからだ。p140


子供は親の背中を見て育つというのは、
こういうことなのだろう。

親として、
生きることを楽しんでいるか?
自分の人生を自分で創れているか?
子供に憧れられるようなことをしているか?
イエスとはいえないことばかりだと思った。




最後に、
子供の好奇心について。

小さいときから、遊園地につれていってもらい、おもちゃをどんどん与えられ、誕生日においしいケーキを食べて、何度も何度も周囲の大人たちから「どうだった?」ときかれるのが、今どきの平均的な子供である。「楽しかった」と微笑めば大人が喜ぶことくらい、経験的に学んでいる。そして、そう答えたあと、解放されたとたんに好きなゲームを始めるのだ。はたして、好奇心なるものが、どれくらい育っているのだろうか?p142

好奇心は、覚えるものではなく、目覚めるものだ。与えられるものではなく、自分の内から発するものである。だから、もしできるとしたら、好奇心が育つ環境を整えることくらいだろう。僕の経験からすれば、身近な大人が何か面白そうなことをしている。近づいていっても教えてもらえない。子供にはできない、と怒られる。そんなものを、なんとか自分でやってみたい。確かめてみたい、という思いをつのらせる。そんために、自分から図書館で調べたり、だんだんに知識を得て、興味が広がっていく。これが好奇心だと思う。p143

好奇心というものは、育てる必要などないと僕は個人的に考えている。なにか自分でできることはないか、と探しているのが子供のデフォルト(基本姿勢)なのだ。小さいときほど、子供は好奇心旺盛である。それが、成長するほど抑制される。周囲から「これは駄目」「それをしては駄目」「そんなこと考えるな」と遮断される。その代わりに、目の前に面白そうなもの、美味しそうなものがつぎつぎに現れて、「こちらを見なさい」「これがやるべきものだ」というふうに育てられる。好奇心というのは、教育すればするほど失われるものといえる。p147

親として子供の好奇心を奪っているだけだとしたら。

子育てというのは、
子供と一緒に遊んだり、食事に行ったり、旅行したり、
そういうことではないのだなということが分かった。

親自身が、
何を楽しんで、何に興味があって、
どのようなことを普段しているのか?
ということが、
大切なのだな。

親自身が、
自分の好奇心を発揮しているかどうか?
考えなければいけないと思った。


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